「予防保全」や「予知保全」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。生産ラインの設備保全に関する言葉ですが、最近、IoT(モノのインターネット)が注目を浴びるとともに、この言葉が注目を浴びています。また、この2つの言葉は似ているようで意味が異なります。ここでは、予防保全や予知保全をはじめとする保全活動の全体的な定義と、予防保全と予知保全の違い、予知保全のメリットと、予知保全とエッジコンピューティングとの関わりについて解説します。
保全活動とは
「保全活動」とは何でしょうか? JIS(日本工業規格)は保全活動のことを「故障の排除及び設備を正常・良好な状態に保つ活動の総称。計画、点検、検査、調整、修理、取替えなどを含む」と定義しています。
つまり、生産ラインの性能を維持するために、人間が生産ラインに対して行う働きかけと考えてよいでしょう。JISの定義にあるように、保全活動は維持活動と改善活動に分けられます。
維持活動は、製品の品質や、生産設備の性能を維持するために行う活動、つまり生産設備が万全な状態を維持するために行う活動のことを言います。これには予防保全と事後保全が含まれます。一方、改善活動は、機械が故障した際に再発を防ぐための見直しを行う「改良保全」や、故障やミスを防ぐために機械設備の入れ替えなどを行なう「保全予防」といった活動のことをさします。
予防保全とは、故障に至る前に日常点検や劣化した部品の交換などにより故障を未然に防止することです。予知保全と定期保全が含まれます。そして、事後保全は、故障などにより設備に故障が発見されたような場合に設備の機能を回復させることを指します。つまり設備が壊れてしまった場合に「修理」するような場合が想定されます。
定期保全とは、故障記録や設備の特徴などから周期を決め、その周期ごとに部品の交換や点検を行うことです。経過時間を基準として行われるメンテナンスと言い換えることもできるでしょう。一般的に「予防保全」といった場合には定期保全のことを指す場合がほとんどです。
これに対して、予知保全は連続的に計測された設備の状態から劣化を検知、もしくは予測することで、故障に至る前の最適な時期に最善の対策を行うことです。装置の状態を基準として行われます。
定期保全と予知保全の大きな違いは、予防保全が装置の状態にかかわらずある一定の時間周期で行われるのに対して、予知保全は装置の状態を常時監視し、故障の予兆を検出した場合に対応を行うという点で異なっています。
今までの保全活動
従来行われてきた保全活動は主として、定期保全、予知保全、事後保全が挙げられます。装置の延命を図るために改善活動(改造、アップグレードなど)を行う場合もありますが、高額な装置の場合など、対応は限定的です。
定期保全は、すでに述べたように、装置の状態にかかわらず、定期的に部品の交換を行います。また、予知保全は、現場の作業員や技術者によって、「そろそろあの部品を交換しなければならないな」という長年の経験によって培われた勘に頼る形で行われていました。
定期保全の時間間隔は、もっとも重要で寿命の短い部品に合わせて行われますが、この部品交換時にはほかの部品も交換されることが多くあります。なぜかというと、部品の寿命は種類によって異なっているため、その都度装置を止めて交換したのでは、装置の稼働率が悪くなってしまうからです。そのような理由で、まだ寿命に達していない部品も交換されることになり、定期保全には無駄が多いという課題があります。
予知保全
これに対して予知保全は、「このまま稼働すると故障する」という故障の予兆をとらえて保全活動を行います。いつ故障するか予想してから実際に故障が発生するまでは、時間があることが多くあります。つまり、予想段階で保全計画を考えることができ、故障が発生する前に部品の交換などの対応を行うことができます。これにより、故障により機械が緊急停止するという状態を最小限にすることが可能です。
さらに、IoTを利用して予知保全が自動化されている場合、故障の予兆があった段階で警報が出ます。警報が出された場合にのみ対応を考えればよいので、手間がかからず、この面でも人件費の低減につながるのです。
予知保全の具体例
製造装置では、モータが多用されます。このモータからの動力を伝達する「軸」(駆動軸)を支える「軸受」という部品があります。軸受が故障すると軸が回らなくなったり、軸への荷重を分散できなくなったりして、重大な事故につながることもありえます。したがって、この軸受は大変重要で、故障ができるだけおきないように設計されているのです。
軸受自体がもともと信頼性の高いものなのですが、さらに高い信頼性を要求される場合、たとえば、製鉄所で熱した鉄を伸ばす工程(圧延工程)などでは、軸受のモニタリングがよく行われます。
軸受のモニタリングシステムは、軸受に振動センサを取り付けておき、振動の波形や周波数、振幅の状態を検出します。そして、振動の状態が故障の予兆を示す場合に警報を出すようになっています。
たとえば、軸受が1ヶ所破損すると、軸受に加わる荷重が変化します。荷重が変化すると振動センサと軸受の間の距離が変わりますが、振動センサはその微小な距離の変化を検出しています。そして、軸受の回転部分は、一定の周期で回転しているので、その距離の変化が毎回転起こることになります。これが、振動の原因となり、この振動を検出して故障の予兆とすることが可能です。熟練の技術者はこの振動を機械音の変化からとらえ、破損の予兆としていました。
この例はわかりやすくするために単純化していますが、現実には、複数個所が破損したり、破損していても振動に変化が現れなかったりするので、音から故障の予知を行うのは経験が必要になります。このため、熟練の技術者でなければこのような判断はできなかったのです。しかし、残念ながら熟練技術者は減少しています。そこで、解決策として考えられているのが人工知能(AI)です。近年注目が高まる人工知能は人間の神経をモデルとした構造により自ら学習する「ディープラーニング(深層学習)」を可能としています。もちろん、最初に学習を行わせる必要があるものの、人間が経験から故障の予兆をとらえていたのと同じことを人工知能も学び、実行していくことができるのです。熟練の技術者が減る中で、人材不足に対応する1つの有効な手段といえるでしょう。
予知保全とエッジコンピューティング
このように、予知保全の自動化は人材不足の解消やや保全活動の最適化をおこなう有効な手段と考えられています。しかし、予知保全の自動化にあたっては注意する点があります。
先に述べた、人工知能の持つ人間の神経を模した構造は「ニューラルネットワーク」と呼ばれ、ディープラーニングを実現するのに大きく寄与しています。しかし、ニューラルネットワークは大変複雑な仕組みです。したがって、予知保全に必要なスピードを維持しつつ予知保全を実現していくことが現実的な課題となります。
ニューラルネットワークをハードウェアで実現する「ニューロチップ」という方法もあるのですが、あまり一般的な方法ではなく、現状ではソフトウェアによる実現が主流となります。ここで問題になっているのはスピードのため、常にインターネット上のサーバーと送受信を行うクラウドコンピューティングは、現実的ではないといえるでしょう。そこで、 エッジ コンピューティングを導入して、エッジサーバーに人工知能を乗せることを考えてみます。これをエッジAIと言います。これにより、できるだけスピードを維持しつつ予知保全の自動化を図ることが現時点でのベストな解答といえるでしょう。
予知保全の可能性と人工知能
ここでは主に予知保全と予防保全の違い、そして予知保全のメリットについて述べました。人工知能の発達によって予知保全の可能性が大きく広がっています。そして、人工知能を使った予知保全をエッジコンピューティングで実現することが、現状では最も理想的な姿といえるでしょう。