FA(ファクトリーオートメーション)が進み、多くの作業がロボットによって代行できるようになっています。このように製造現場の作業は多くが自動化されていますが、オフィス業務は自動化が難しいとされていました。それは、標準化と基準の明確化が重要な製造業務と異なり、オフィス業務にはその都度判断や柔軟な対応が求められることが要因として挙げられます。しかし、近年はデジタル技術の発達によりオフィス業務もロボットによって代行できるようになりつつあります。その代表とも言える存在が、デジタルレイバーです。デジタルレイバーはなぜ注目されるようになり、どういったメリットをもたらすのか、これからさらに進化する可能性とともに考えます。
デジタルレイバーとは
「オフィスで活躍するロボット」として注目されるデジタルレイバーですが、多くの人がロボットと言えば製造現場で働く姿を想像するのではないでしょうか。
デジタルレイバーはどのようなもので、どういった場面で活用できるのか、意味と特徴を見ていきましょう。
デジタルの労働者「デジタルレイバー」の意味
デジタルレイバーは英語で「Digital Labor」と書き、このLaborは労働者を表します。日本語では仮想知的労働者と訳されることもありますが、「デジタル上の労働者」と捉えたほうがわかりやすいかもしれません。さらに噛み砕いて表現すると、デジタルレイバーは人の代わりに働くデジタルテクノロジーのことで、その点からロボットと表現されることもあります。もう少し具体的に言うと、RPAやAI、またはそれらが活用されているソフトウェアやサービスを用いて人の代わりにデジタル上のロボットが業務を遂行することを指します。こういった業務を自動化するソフトウェアロボット全般がデジタルレイバーと呼ばれます。
デジタルレイバーの最大の特徴とも言えるのは、あくまで仮想の労働者であるという点です。デジタルレイバーはプログラムによって作業を総合的に管理するシステムではなく、人間のように作業をするソフトウェアロボットです。そのため、導入してもすぐに作業を自動で行っていくわけではなく、新人労働者のように教育を必要とします。仕事のコツを教え込むように、プログラムを組んでテストを繰り返すことでより効率の良い作業ができるようになります。デジタルレイバーは人間のように作業を覚え、作業者として業務を遂行していくことから、新たな労働力として注目されています。
デジタルレイバーが得意な作業
デジタルレイバーは人の代わりに労働者となって作業をしますが、人と全く同じように業務をこなすわけではありません。人が担当した場合と比べ、得意な作業と苦手な作業がはっきりしています。
次のような作業はデジタルレイバーが得意とし、ミスも少なく継続的に作業できるため、人を上回る効率を出すことができます。
- 定型化されたチェック作業や処理作業
- 繰り返し行う単純作業
- 一定のプロセスで進む作業
デジタルレイバーが苦手な作業
一方で、次のような作業は人のようにはできず、デジタルレイバーに任せるのには向いていません。
- 毎回異なる条件や環境で判断しなければならない業務
- 状況を判断して業務プロセスを変更しなければならない業務
このように、現状ではデジタルレイバーが得意・苦手とする作業ははっきりしています。いずれ人のようにすべての業務をできるようになるかもしれませんが、現状ではそこに至っていません。デジタルレイバーの活用では、デジタルレイバーに任せるのに適した作業を見極めることが重要です。
デジタルレイバーとRPAの違い
「業務を自動で行ってくれる」という点から、デジタルレイバーとRPAは混同されることも少なくありません。RPAはロボティック・プロセス・オートメーションの略で、「ロボットによる業務の自動化」を表します。一方のデジタルレイバーは、人のように作業を行う仮想の労働者です。ルールや判断基準を教え込むことで作業実行の正確さが向上し人間に近い作業や判断が可能になります。 さらに、デジタルレイバーは業務遂行のためにRPAを使うことも多いのが特徴です。RPAは業務自動化のための方法であり、デジタルレイバーは業務を自動で行うための作業者と考えるといいでしょう。
デジタルレイバーが注目される背景
そもそも、仮想の労働者であるデジタルレイバーはなぜ注目されるようになったのでしょうか。
そこには次のような3つの大きな理由があります。
- 労働力確保の必要性
- AIの進歩と実用化
- DX推進の加速
これら3つの要因がどのようにデジタルレイバーが注目される背景となったのか、それぞれ見ていきましょう。
労働力確保の必要性
労働力不足の問題は、さまざまな分野で深刻化しています。経済産業省の「労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)」(PDF)によると、2018年まで増加傾向にあった労働力人口は、2019年以降横ばいになっています。2022年には前年に比べ5万人の減少となっており、労働力人口が今後減少傾向へと転ずることも予想されます。また、ここでカウントされる労働力人口において、増加しているのは主に55歳~64歳の年齢層であり、20代や30代は減少しているのが目立ちます。こういったことからも、今後全体での減少傾向は加速していくと考えられています。
このように、労働力が不足していくことが予測される中で、人に変わる労働者であるデジタルレイバーが注目されるのは必然とも言えます。特に、製造業や物流業では、すでに人材不足の問題がたびたび話題に上ります。こういった分野では、すでに直面している問題として労働力確保のためにデジタルレイバーへの期待も大きいのではないでしょうか。
AIの進歩と実用化
そのときどきの判断や柔軟な対応が求められることの多い事務仕事は、人間でなければできないと考えられていました。しかし、AI技術の進歩やAI学習の研究が進んだことで、ソフトウェアロボットによる業務遂行が実現しています。このように、これまでは夢のような存在であった仮想の労働者は、デジタル技術の進歩によって実用化が可能になっています。これにより、多くの企業がデジタルレイバーに注目するようになりました。
DX推進の加速
世界経済における日本の競争力低下が懸念されている中で、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進が必要とされています。DXとは、単にこれまで行っていた作業をデジタル化することだけでなく、デジタル技術やデータを活用して新たなビジネスモデルの確立や業務の革新を目指すものです。こういった点を考えると、デジタルレイバーの活用はまさにデジタル技術による革新的な業務の変化と言えます。デジタルレイバーの導入・活用はDXの代表的な例と言え、今後世界経済における競争優位性を確保するために必要な技術となることも考えられます。
デジタルレイバーがさらに進化するために必要な技術
デジタルレイバーはデジタル上の労働者として作業にあたるため、単一のソフトウェアで完結するものではありません。複数のプログラムや技術との組み合わせによって、さらに進化することが期待されます。デジタルレイバーと組み合わせたり、活用しやすいように整えたりすることで、さらにできることが増えたり、正確さが向上したりすると期待されるのが次のふたつの技術です。
RPAによってデジタルレイバーがさらに効率化
RPAは「ロボットによる業務の自動化」を実現するための方法であり、労働者であるデジタルレイバーもRPAを使うことができます。RPAの精度や適用範囲が広がれば、それだけデジタルレイバーの作業も効率化される可能性が高いと言えます。実際に、デジタルレイバーが業務を遂行するうえで主に使われているのがRPAであることから、RPAの進化はデジタルレイバーの進化に直結すると考えられます。
AIによってデジタルレイバーの適用範囲が広がる
デジタルレイバーは自ら判断し作業を行うため、AIが組み込まれています。かつて、AIによる判断や判別の精度はあまり高くなく活用範囲は限られていました。しかし、ディープラーニングに代表される機械学習の方法が確立されたことで大きく進化しました。今後、AIがさらに進化し、できることの幅が広がる可能性があります。AIが進化することでデジタルレイバーはより人に近い的確な判断もできるようになると予想されます。これまでも、デジタルレイバーは得意とする作業では人を大きく超える効率で働くことができていました。AIが進化することにより、苦手とする部分においても効率よく作業できるようになる可能性を秘めています。
デジタルレイバーの活用と協働の方法
デジタルレイバーはすでにさまざまな分野で導入・活用されています。しかし、「人の代わりに働く」という点から、労働者にとって職を奪われるのではないかと不安視する声もあります。デジタルレイバーはどのような形で人と働いていくことができるのでしょうか。
デジタルレイバーの活用事例
デジタルレイバーは次のような業務で活用されています。
- 経理部門での伝票や帳票へのデータ入力や社内システムへの入金データ取り込み
- 営業部門での見積書・請求書作成や提案書のひな形作成
- 金融機関での申告書点検業務
- 不動産業における基幹システムへのデータ管理・入力作業
こういった業務のほか、現状でデジタルレイバーが得意とするような業務を選ぶことで、幅広く活用できます。これにより、多くの労働が簡易化・高速化できるのではないでしょうか。
デジタルレイバーとの協働
デジタルレイバーによって業務を代行させることで効率化が図れる一方で、労働者にとっては仕事が奪われるのではと不安視されることもあります。機械やロボットによる自動化や効率化が進むと抵抗感を持つ人が一定数いますが、デジタルレイバーについても同様です。しかし、デジタルレイバーの導入によって人の仕事が完全になくなるということはありません。例えば、現代の製造業では検査の自動化が進み、画像処理システムによる良否判定も活用されています。これにより、品質を上げると同時に人手不足の解消につなげていくことが期待されます。
しかし、品質検査を行う人が不要になったかというと、そんなことはありません。品質管理において「何を良品とするか」「基準をどのレベルに設定するか」という判断は、人間にしかできません。また、良否の判定を機械に任せることができるようになったことで、人は検査プロセス改善や新たな検査方法の確立に取り組むことができます。こうした変化によって、より高度な検査を行って品質を高めたり、新たな製品の検査方法を確立するために試行錯誤したりといった業務に人手を振り分けることが可能になっています。
このように、機械やロボットによる自動化が進んでも、機械と人間がする仕事が分けられ、さらに生産性を高めるための業務分担が進みます。また、それによって新たに人の手で行わなければならない業務も生まれていきます。デジタルレイバーの導入に関しても、同様のことが起こると考えられます。デジタルレイバーは定型化可能な業務を得意としますが、そこから得られたデータの活用方法を考え、次の業務方針を決定する仕事が新たに生まれます。これは、人間のほうが得意な業務です。このように、人とデジタルレイバーで業務分担が進み、より高い生産性を実現できる環境を作ることこそ、デジタルレイバー導入の成功例と言えるのではないでしょうか。
新たな形の労働力としてデジタルレイバーの活用が注目される
デジタルレイバーはデジタル上に存在する労働者として、さまざまな業務を任せることができ、得意とする業務においては人を大きく超える効率で作業することができます。労働力不足が懸念される中で、デジタルレイバーが新たな他価値の労働力として注目されています。今後、デジタルレイバーにとって重要な技術でもあるAIやRPAが進化することで、デジタルレイバー自身もさらに活用の幅が広がっていくと考えられます。
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