製造業は大きな変革のときを迎えています。ここでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の製造業に与えるインパクトと、DXの具体例、そしてDXの現状における問題点について考えます。
デジタルトランスフォーメーションとは?
デジタルトランスフォーメーションとは一般的には「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という意味です。ビジネス用語としては「デジタル技術が今までのビジネスモデルを根本から変革する」という意味で考えられるでしょう。つまり、デジタル技術によって今までの業務や事業を根本から大きく変化させ、業務の効率化や事業の見直しを通じて、生産性の向上を目指す一連の改革と言えます。
広い意味では、IT機器を使った単純な自動化も含まれると考えられますが、すでにかなり自動化が進んだ製造業においては、ものづくりのあり方そのものを根本から変えることと考えられるでしょう。これは、状況に応じて変化可能な生産ラインの構築や、生産だけではなく設計や開発、メンテナンスの効率化など、製造業における業務プロセス全般がかかわってきます。
製造業におけるデジタルトランスフォーメーションの具体例
それでは、製造業におけるDXの具体例とそれらのメリットについて見ていきましょう。ここでは、具体例としてPLMとデジタルツインについて解説します。
PLM(Product Lifecycle Management)
設計や製品開発から生産、保守までを一貫して統合管理するという考え方です。あるいは、それを実現するシステムです。単なる生産管理システムは生産のみを管理するのに対して、PLMでは設計や製品開発、顧客管理なども含めて管理するところが異なります。
さまざまにあるPLMを導入するメリットのひとつに、情報(図面やクレーム情報など)が各部門間で共有化できることが挙げられます。つまり、生産部門にも設計・開発部門の情報がもたらされ、逆に情報が設計・開発部門は生産部門の情報を参照できるということです。例えば、図面がすべての部門で共有されれば、生産部門からの意見を設計に反映させることが容易になります。逆に、生産部門のスケジュールを共有にしておけば、生産スケジュールに応じた出図が可能になるのです。
また、顧客からのクレーム情報も共有にしておけば、その不具合が製品のライフサイクル上のどこに起因するかを素早く分析することができます。
あるいは、部品の納期を共有することで、納期の長い部品を先に出図しておき、納期の短い部品を後に出図するといったことも容易になるでしょう。これを発展させていけば、コンカレントエンジニアリングが実現しやすくなります。これにより、納期の短縮やコストの最適化を図ることができるのです。
なお、特殊な部品の数が多く、部品による納期の長短の差が激しい製品では、納期管理に人工知能を使う可能性もあります。納期管理や工程管理は「組み合わせの最適化問題」の場合が多く、人工知能の得意分野です。したがって、これからPLMシステムに人工知能が組み込まれていく可能性もあるでしょう。
デジタルツイン
ツインとは「双子」のこと。つまり、実際の生産ラインをコンピュータ内部に仮想的に再現し、実際の生産ラインをシミュレーションすることです。現実世界の「生産ライン」と仮想世界の「生産ライン」とが双子のように見えるためにこのように呼ばれます。
似たような概念に「仮想化工場」があります。デジタルツインと異なるのは、仮想化工場は工場の立ち上げ前に生産ラインをシミュレーションするという意味合いが強いのに対して、デジタルツインは、生産ラインで現在に実際に発生している事象を仮想世界の「生産ライン」に反映させているところが異なります。つまり、デジタルツインでは、生産ラインの立ち上げ前だけではなく、立ち上げ後のシミュレーションも行っているということになります。これは、エッジコンピューティングでほぼリアルタイムでセンシングすることで実現されています。言い換えれば、デジタルツインにおける仮想世界には現実世界の生産ラインで「今」発生している歩留まりやタクトタイムが反映されているのです。
このようにしておけば、例として設計変更を行った製品を生産ラインに流した場合に、どのような現実的な影響が出るかを、現実世界の生産ラインに影響を与えずに仮想世界上の「生産ライン」で検証することができます。
生産ラインの歩留まりやタクトタイムなどは、生産ラインの設計時に想定して設計を行いますが、実際に生産ラインが完成して製品を流し始めると、これらの値は想定したものと異なる場合がよくあります。したがって、製品が実際に流れているときの生産ラインの値がとても重要なのです。生産ラインの「今」を知るという意味で、デジタルツインはとてもメリットが大きいといえるでしょう。
製造業におけるデジタルトランスフォーメーションの現状の問題点
このようにDXを導入して生産性の向上を図ることは今や必須となっていますが、現実には、なかなか思ったようには普及が進みません。その理由を考えてみましょう。
IT技術者とものづくり技術者との感覚の相違
もちろん一概には言えませんが、IT技術者は経営者から目に見える成果を求められることも多く、飛躍的な変革を目指しがちです。これに対して、ものづくり技術者は累進的に変革を目指す人が多いです。このため、IT技術者は経営側、ものづくり技術者は現場側、と企業のなかで立場が分かれてしまうことも多くあります。営業(経営者)気質と職人気質と言えるかもしれません。つまり、多くの経営者は情報システムを新しくしたいと思っていますが、今までの仕事の流れを急激に変えたくない現場の反発が大きく、なかなか古いシステム(レガシーシステム)を変えられないという問題があります。
製造業には中小零細企業も多い
現状ではDXに向けた最先端のシステムを導入できるのは、大規模なサプライチェーンをもつ比較的大きな工場に限られています。一方、日本の製造業は下請け企業に支えられているところも大きいです。そのような下請け企業は、一時的なコストアップにつながる新しいシステムの導入には消極的な場合も多くあります。したがって、このような企業にもDXを波及させていくには工夫が必要になるでしょう。
DXの波及には工夫と時間が必要
以上、デジタルトランスフォーメーションの概要について説明しました。製造業におけるDXが実現されれば、本記事で見てきたように劇的な効率化が図れます。このためには、ITシステムの入れ替え・導入が不可欠ですが、とりわけ日本の製造業には下請けの中小企業も多いことから、こうした企業にもDXを波及させていくための工夫が不可欠です。また、DXは根本的な変革を目指すもので、一朝一夕には実現できません。このため、長期戦略としてじっくり取り組む必要があるという点も、忘れてはならないでしょう。