普及段階をへて、IoTの活用は次の段階へと進みつつあります。このとき、エッジコンピューティングがIoT進化のカギを握るといわれているのはなぜでしょうか。エッジコンピューティングとは何か、IoTとエッジコンピューティングの結びつき、エッジコンピューティングがどのような場所で使われているのかを紹介します。
エッジコンピューティングとは
コンピューターネットワークにおいて、データセンターのようなクラウドを「中央」と表現することがあります。では、端(はし)や縁(へり)、すなわち「エッジ」はどこを表すのでしょうか。それは、人の手が触れるスマートフォンやタブレットであったり、現場の最前線で活躍する産業機器であったりします。こういった、「エッジ」に近い場所でデータの処理を行う考え方がエッジコンピューティングです。
しかし、エッジコンピューティングでは、データの処理を行う場所をエッジ側に限定しているわけではありません。エッジコンピューティングは分散型のオープンITアーキテクチャであり、その最大の特徴は分散処理能力にあるとされています。
エッジ側でデータ処理を行うことで応答速度を向上させながら、速度の求められないデータはクラウド側に集積します。このように分散処理を行うことで、データの持つ価値を最大化し、データごとに求められる活用方法を最適化する、それがエッジコンピューティングの目的です。
⇒さらに詳しいエッジコンピューティングの概要、クラウドやオンプレミスとの違いなどについては、以下の記事をご覧ください。
エッジコンピューティングがなぜ注目されるのか―クラウドやオンプレミスとの違いとは|Stratus blog
IoTに精度をプラスするエッジコンピューティング
エッジコンピューティングは、IoTを次の段階へと推し進めるために必要不可欠な技術といわれています。
エッジコンピューティングはIoTにどのような影響を与え、IoTはエッジコンピューティングによってどのように変化していくのでしょうか。
情報のリアルタイム性が向上
エッジコンピューティングのもっともわかりやすい効果は、情報のリアルタイム性の向上です。クラウドでデータを送受信して処理を行う場合には、数百ミリ秒から数秒のタイムラグが発生する可能性があります。センサーが高度化し精度の高いデータが送られるようになったとしても、データ処理にタイムラグがあると機器の応答は鈍化し、的確な動作ができません。エッジコンピューティングでは、必要なデータをエッジ側で処理することでタイムラグを少なくし、リアルタイムの応答を可能にします。
トラフィックの最適化
IoTの普及により膨大なデータが送受信されるようになり、今後もさらにデータ量はふくらんでいくと考えられます。これをすべてクラウドに集約させると通信トラフィックが増加し、データの渋滞が起こります。そこで、エッジ側にも処理を分散させることでデータの渋滞を回避します。それにより、通信コストの削減も可能です。
情報セキュリティの強化
エッジコンピューティングのメリットのひとつに、情報セキュリティの強化があります。エッジ側でデータを処理することで外部との通信量が減り、外部からの攻撃にさらされる可能性が低減するため、情報漏えいリスクを下げられるのです。
事業継続計画の確立
エッジコンピューティングは、事業継続計画(BCP)に対しても有効な手段になります。エッジ側で必要なデータを取り扱っていれば、クラウドサーバーがダウンしても稼働を継続できます。前述したように、エッジコンピューティングの最大の特徴とされる分散処理能力により、データを分散することがリスクの分散につながり、事業の継続可能性を高められるのです。
IoTを次の段階へ
エッジコンピューティングとIoTが結びつくことで、上記のような効果を得られます。その結果、データや機器の精度だけでなく企業としての経営判断の精度や事業継続力も上がり、情報の可視化だけに使われがちなIoTが次の段階へと進化します。
クラウドとの連携がエッジコンピューティングの価値を高める
エッジコンピューティングと比較されるものとして、たびたび挙げられるのがクラウドコンピューティングです。
たしかに、中央にあるものをクラウド、端にあるものをエッジと表現することがあるため、比較対象とされることもあります。
しかし実際には、エッジコンピューティングとクラウドコンピューティングは相反するものとはいえません。
その理由と、クラウドとエッジの連携によってもたらされる効果について見ていきましょう。
クラウドとエッジコンピューティングの棲み分け
従来、エッジコンピューティングはエッジ側とクラウド側のどちらで処理を行うかを振り分けることで、主に処理速度を向上させるための技術と捉えられていました。
しかし、IoTの進化により、IoT機器の近くで大量のデータを高速に処理することが必要になったため、データの処理とデータの蓄積というふたつの役割について役割分担が進むようになりました。主にエッジ側に処理機能を搭載し、クラウド側では解析や機械学習アルゴリズムを生成するといったように、機能の棲み分けが進んでいます。また、これらをどのように連携させるかによって活用方法が変わるため、クラウドとエッジの連携作用を理解することが重要となっています。
将来的には、エッジ側で解析や機械学習アルゴリズムの生成、処理まで行えることも期待されますが、まだ完全に実用化したとはいえる段階ではありません。現状では、「大局的な分析と大きな流れの判断」はクラウド側が担当し、「局所的な分析と瞬時の判断」をエッジ側で行うような棲み分けがされています。クラウド側とエッジ側のメリットを生かし、それぞれの役割を分担・組み合わせて利用することが重要です。
クラウドのメリットにエッジのメリットを上乗せする
クラウドでの運用は、自由度や拡張性の高さでメリットがあります。これらはフレキシビリティやスケーラビリティと表現され、対応できる範囲が限定されないという意味でクラウド運用の代表的な特徴となっています。エッジコンピューティングはエッジでの処理とクラウドでの処理を組み合わせて行うため、クラウドのメリットも生かしながら、そこに高速性を加えることができます。
そのうえで、クラウドでの運用にあるネットワークトラブル発生時のリスクを低減し、クラウドの大容量領域を活用することが可能です。
今後、機能の棲み分けが進んでいったとしても、これらのメリットが小さくなることはありません。エッジとクラウドの連携次第で、そのメリットをさらに大きくすることが可能です。
エッジ側で局所的分析をしたうえでクラウドに送れば、大局的な分析も迅速かつ的確になり、より精度が高い総合的な判断が可能になるでしょう。これは、事業全体ひいては経営効果につながっていきます。
このように、クラウドとエッジの連携による相乗効果でメリットを最大化することが可能です。
エッジコンピューティングの活用事例
多くのメリットが生み出されるエッジコンピューティングは、実際にどのような場所で活躍しているのでしょうか。その事例をいくつか紹介します。
音で故障を察知する環境センシング
熟練の技術者は、稼働している機械の音を聞いて故障の前兆の有無や、メンテナンスの必要性を察知する場合があります。実際に正確な指標として表すことが難しい判断基準ですが、こういった「現場のカン」によって日本のものづくりは支えられてきた一面もあります。
このような、熟練技術者に属人化している設備・機器の保全に関するノウハウを、デジタル化によって継承していくことは、日本のものづくり産業における課題です。
それを可能にするため、異音を検知して故障の前兆を知らせるソリューションが開発されています。マイクにより稼働音を収集し、システムが異常度を算出します。このデータはクラウドに集約・蓄積され、ビッグデータ解析・機械学習に使われると同時に、遠隔監視を行う部署へと送られます。
このとき、稼働音収集から異常度算出までの処理にエッジコンピューティングが導入されています。エッジ側で異常を検知でき、低遅延で高度な処理を可能にしています。
リアルタイムの気象予測シミュレーション
エッジコンピューティングが持つ分散処理能力は、地域ごとに異なる観測データをリアルタイムで処理することに非常に適しています。そこから考えられたのが、気象予測シミュレーションです。
ある地点での気象予測精度を上げるためには、予測を行う範囲を細分化する必要があります。しかし、細分化が進めば進むほど、データセンターに送られるデータ量は膨大になっていきます。通信量にはコスト面・速度面・処理能力面で限界があり、それにより予測範囲の細分化にも限界がありました。
しかし、エッジコンピューティングを導入すれば、その限界を超えることができます。細分化した範囲ごとにエッジで処理を行い、広域予測に必要なデータをクラウドへと送信することで、必要な予測が必要な場所で行えるようになるのです。
エッジコンピューティングにより、その地点における高精度でリアルタイムの気象予測が可能となる日も近いかもしれません。
農業をドローンとロボティクスで効率化
エッジコンピューティングは農業分野でも活用の可能性が拡大しています。
従来、果実の収穫作業は、収穫時期かどうかを人が目で見て判断するために、現地に足を運んで巡回する必要がありました。
カメラとAIによる画像認識を搭載し、取得した画像をエッジコンピューティングによりAIが識別し、実の色や形状から熟度を分析し、葉の色や形状から害虫病を検知します。また、これらを総合して、活動範囲内での収穫可能数を可視化し、最適な収穫時期を予測することも可能です。
この処理にはエッジコンピューティングが応用され、エッジでの画像識別とクラウドでのデータ解析を分けることにより、ロボットのスムーズな稼働を実現しています。
スタッフの行動分析で店舗運営を最適化
コンビニエンスストアのような小規模店舗では、ひとりのスタッフが複数の内容の業務を担当しなければなりません。品出しや検品、レジ業務、場合によっては調理業務も担当します。そのため、店内の1ヶ所にとどまらずに頻繁な移動が必要です。
スタッフの店内移動を効率化するため、スタッフの行動を分析し店内配置を最適化するソリューションが開発されています。店内に配置したカメラの映像は店内のコンピューターに送られ、エッジで人物の特定を行い追跡撮影します。これにより、スタッフがどのような動きをしているかのデータがクラウドに蓄積され、データ解析により最適な動線を実現できる店内配置を算出します。
この技術はスタッフだけでなく、どのような商品陳列にすると購買行動が促進されるかといった顧客の購買行動にも応用可能です。ただし、抽出した人物データについて、個人を特定する要素が残らないようにする仕組みが課題となります。
稼働状況をリアルタイム制御するスマートファクトリー
多くの分野でIoTとエッジコンピューティングを使ったシステムが開発されているなかで、もっとも急速な進化を続けているのが、製造業の分野、特にスマートファクトリーです。
スマートファクトリーは、あらゆる機器やセンサーがネットワークに接続され、スマート化された工場です。これにより稼働状況が可視化されるだけでなく、生産管理面における予測や修正、物流面における在庫管理や入出庫管理など、あらゆる情報がすべてつながり連動します。
また、生産ラインに配置された人の動きを映像によりセンシングし、異常な行動をチェックすることで人為的ミスを予防するシステムが導入されている工場もあります。
こういった、膨大なデータの処理とリアルタイムの応答が必要なスマートファクトリーにとって、エッジコンピューティングはもはや必要不可欠な技術となっています。
地域医療を支える大規模病院での医療機器システム
エッジコンピューティングは、医療の現場にも導入されています。
地域の先端医療の中核を担う大規模病院では、多数の医療機器が使われていますが、これらの機器から出力されたデータの利活用が重要な課題でした。そこで、業務の連携や効率化、機器データの管理、提供する医療の高度化を図るため、医療機器と院内システムを統合した医療機器総合ソリューションが開発されています。
このソリューションは、医療機器と院内システムを連携させることで効率化とデータの活用を可能にします。医療業務に深くかかわるため、停止の許されないシステムであるとともに、患者の診療に関わる機微なデータを取り扱うため、高度なセキュリティも求められます。
そこで、可用性と安全性を高めるためシステムに組み合わせられたのが、エッジコンピューティングです。
医療機器からのデータをフィルタリングし電子カルテや部門システムへ転送するといった、高度な医療とデータ活用の結びつきを実現しています。
航空機の安全な飛行や離発着を支える気象観測システム
航空機のための気象観測システムには、時速数百キロメートルものスピードで移動する飛行機が安全に飛ぶために、情報のリアルタイム性と安定稼働が求められます。当然ながら、停止も遅延も許容できないシステムです。
情報のリアルタイム性と稼働の継続性を考えると、エッジコンピューティングが最適な選択といえます。
風向風速、視程、雲底高度、気温、湿度、雨量、気圧などの気象情報を常時収集し、これらの観測データを一括演算処理して表示するシステムとして運用されています。
エネルギー中継ターミナルでの石油海上輸送管理システム
都市部や大規模工業地帯を支えるエネルギー総合物流基地では、石油海上輸送管理のゲートウェイサーバーが24時間体制で稼働し、監視システムも停止しないことが重要です。
稼働の継続性の面からも施設内に大規模なサーバーを構築するのではなく分散処理を行うことにメリットがあります。
その一方で、プラント設備ではサーバーの設置に適した環境でないことや、運用のための人的リソースが不足していることが少なくありません。
少ない人員で保守しながら決して停止してはいけないという条件が求められます。
こういった条件から、プラント施設のシステムにおいてもデータ処理の効率化と稼働の安定性を確保できるエッジコンピューティングが活用されています。
より精度が求められる時代に重要性を増すエッジコンピューティング
本記事で見てきたように、エッジコンピューティングはIoTと結びついて、さまざまな場所で使われています。製造現場ではIoTにより、さまざまなものの「見える化」が実現していますが、IoT活用は次の段階へと進みつつあります。それは、「収集したデータをどのように活用するか」というIoT活用の第2段階です。このとき、データのリアルタイム性を損なわずに精度の高い処理を行うために、エッジコンピューティングが必要とされています。エッジコンピューティングはこれからのIoT活用に欠かせない技術となっていくでしょう。