エッジコンピューティングはIoTに欠かせない技術になりつつありますが、けっして万能の技術ではなく、現状ではまだまだ課題があります。ここでは、エッジコンピューティングと比較されることの多いクラウドコンピューティングと対比させながら、エッジコンピューティングのメリット・デメリットについて考えてみましょう。
エッジコンピューティングとクラウドコンピューティング
エッジコンピューティングは、リアルタイム性が重視される情報活用において重要な技術として注目されています。
優れた点の多いエッジコンピューティングですが、使い方や利用場面によっては課題というべき部分もあります。
エッジコンピューティングとクラウドコンピューティングとを比較し、それぞれの利用場面を考える前に、エッジとクラウドがどういったものかを見ておきましょう。
エッジコンピューティングとは
エッジコンピューティングとは、ネットワークの末端(エッジ)にあるIoT機器で処理を行う、分散型オープンITアーキテクチャと定義されます。エッジコンピューティングのエッジがネットワークの端(はし)を意味するのに対し、ネットワークの中央に位置するのがデータセンターのようなクラウドだとされます。
対極にあるエッジコンピューティングとクラウドコンピューティングですが、相反するものではありません。エッジコンピューティングは、エッジ側で処理するデータとクラウド側で処理するデータとを判別して、振り分けることで処理の効率を高める仕組みです。
エッジ側でデータの処理を行うことで、ネットワーク経路やデータセンターへの負荷集中を防ぎ、遅延をできる限りなくして高速処理を実現します。
⇒エッジコンピューティングについて詳しくは、以下の記事もご覧ください。
エッジコンピューティングがなぜ注目されるのか―クラウドやオンプレミスとの違いとは|Stratus blog
クラウドコンピューティングとは
クラウドコンピューティングとはどういったものなのでしょうか。
クラウドコンピューティングは、複数のリモートサーバー上からアクセス可能なストレージやアプリケーション、サービスやデータベースなどのコンピュータリソースを利用することで成り立ちます。複数の場所からアクセスでき、必要に応じたデータの処理を可能にする利用形態または技術のことをいいます。
コンピュータリソースが別の場所にあることで、それを利用する際に企業や個人が自社でコンピューティング環境を構築する必要がありません。また、大量のデータ分析や、大量のユーザーを対象としたサポート、高度な処理を必要とするアプリケーション開発などが可能です。
インターネットを介して情報を共有できるだけでなく、自社で所持していないシステムやアプリケーションを利用できる点も特徴として挙げられます。
クラウドコンピューティングのメリット
従来は、自社内で情報システムを保有・管理して運用することが基本でした。クラウドコンピューティングでは、自社でシステムを保有せず、インターネット経由でシステムを利用するため、あらゆる場所からサービスやアプリケーションの利用が可能となります。
初期費用が安いこと、ニーズに合わせシステムの拡張が容易なこと、利便性の高さなどからクラウドが普及しました。クラウドコンピューティングのメリットを詳しく見ていきましょう。
利用する時間や場所が限定されない
クラウドコンピューティングでは、インターネットに接続された、十分な性能を持つ端末があれば、あらゆる場所からサービスやアプリケーションを利用できます。時間や場所が限定されないため、利用形態の幅が広がり、提供するサービスの自由度も高まります。
スケーラビリティが高い
クラウドコンピューティングの利用では、必要に応じてシステムを拡張できる能力、つまりスケーラビリティの高さも大きなメリットとなります。現状より多くのリソースを必要とする場合にも、自社内でコンピューティング環境を整える必要がなく、必要に応じてリソースを拡張できます。また、需要が減少した場合には縮小も可能です。
ハードウェアリソースの有効活用
クラウドコンピューティングでは、サービスを提供する側にもメリットがあります。同じハードウェアを複数のユーザーが共有するため、リソースの使用率を最大化でき、提供するコンピューティング環境を有効活用できます。
コスト効率の向上
必要なときに必要なだけのリソースを使用できるため、過剰なコストをかける必要がありません。需要変動に対してコストも柔軟に変化させられるため、企業は固定費を抑えられ、財務面の安定性向上につながります。ハードウェア購入費用がかからないため、初期投資が抑えられるという点もポイントです。
最新技術を利用しやすい
クラウドサービスのプロバイダーは大規模なデータセンターを所有し、最新のハードウェアやソフトウェアを迅速に導入できます。クラウドプロバイダーが最新の技術を導入しやすいため、利用する側は常に最新の技術を利用できる可能性が高くなります。
クラウドコンピューティング利用で課題となること
一方で、クラウドコンピューティングを利用することで新たに浮上する課題もあります。デメリットともなりうるクラウドコンピューティングの課題として、次のようなことが挙げられます。
ネットワーク接続が必要
クラウド上のリソースを利用するためには、インターネットに接続している必要があります。もし、ネットワークの不具合やトラブルがあった場合には、システム全体を利用できず業務が止まってしまうリスクがあります。
セキュリティリスクがクラウドサーバーに依存
重要なデータをクラウドサーバーに保管することになるため、外部からのサイバー攻撃への対策はクラウドサーバーのセキュリティに依存することになります。クラウドサーバーに集中的にデータが保管されていることは、一旦クラウドサーバーのセキュリティが破られると、データがすべて外部に流出してしまうリスクにつながるのです。
トラフィックの増加による遅延
クラウドコンピューティングでは多くの場合、クライアント側との通信が頻繁に行われます。また、クラウドサーバーにおいて多様な処理を行うため、送受信するデータ量も膨大になります。こういったデータの送受信が集中した場合、データの渋滞、すなわち通信トラフィック増加による遅延が発生します。止められない業務やリアルタイムな処理を必要とするシステムの場合、その影響も大きくなります。
エッジコンピューティングが持つメリット
エッジコンピューティングは、分散処理によってさまざまなメリットを生み出します。そのなかには、クラウドコンピューティングの課題を解消する要素も少なくありません。エッジコンピューティングはどのようなメリットをもたらすのかを見ていきましょう。
遅延が少なくリアルタイム性が向上
クラウドコンピューティングでは、距離の離れたクラウドサーバーとの送受信によって、数百ミリ秒から数秒のタイムラグが生じます。一方、エッジコンピューティングでは、遅延を避けたい処理はすぐ近くにあるコンピューターで処理を行うことができるため、限りなく遅延のないデータ処理が可能です。これにより、データの活用におけるリアルタイム性が確保されます。
データの分散保管によるセキュリティ向上
企業情報や個人情報をクラウドに保存する際には、常にセキュリティリスクや情報漏えい、外部からの攻撃の懸念があります。しかし、エッジコンピューティングでは、データの処理を必要に応じてエッジ側で行い、エッジとクラウドで分散保管するため、情報漏えいのリスクが軽減されます。
通信トラフィックの最適化
エッジコンピューティングでは、すべてのデータをクラウドに集約せずにエッジ側でも処理します。これにより通信量を削減でき、通信トラフィックを最適化できます。クラウドへの送受信が必要な場合にも、トラフィックでの遅延発生が起こりにくくなります。同時に、クラウドへのデータ送信や通信量が削減されることで、通信コストも削減できます。
ネットワークトラブル発生時の事業継続性
すべてのデータがクラウド上で運用されている場合、クラウドサービスのダウンやネットワークトラブル発生によって、データを必要とする事業遂行が困難になります。エッジコンピューティングによって必要なデータをエッジ側で処理するようにしていた場合、ネットワークトラブルが発生しても事業を継続して進めることが可能です。したがって、エッジコンピューティングは事業継続計画(BCP)の対策にもなります。
エッジコンピューティング活用のために課題となること
さまざまなメリットがある一方で、エッジコンピューティングの活用を最適化するためには次のような課題となる部分もあります。
システムの複雑化とコスト
エッジコンピューティングでは、基本的にラインや拠点の数だけエッジサーバーが必要になります。そのため、ハードウェアの数が多くなりシステムが複雑化します。ラインや拠点の数だけハードウェアが必要ということは、その初期コストやシステム開発コストも大きくなることを意味します。また、それらの多くのサーバを管理するためのコストもかかります。
人材の確保と教育コスト
エッジコンピューティングはそれぞれの場所に分散されているため、ひとりで多くの端末を集中管理することはできず、それぞれの拠点に担当者が必要になります。そのため、担当者の教育に関してもコストが大きくなりがちです。また、実際の現場ではIT専門知識のある人材が不足していることも多いでしょう。エッジコンピューティング運用において、現場での人材の確保がもっとも大きな課題となる場合もあります。
データ保管能力
一般的に、産業用PCなどのエッジコンピューターはあまり大きな記憶容量を持たないため、すべてのデータを永遠に記憶させることは基本的に不可能です。一定期間が経過するか、分析結果をクラウドサーバーに送った後は、分析に使ったデータは消去されることが少なくありません。残しておくべきデータの取捨選択と、エッジとクラウドで保管するデータの選別が必要となります。
エッジとクラウド、それぞれの利用場面
ここまで見てきたように、クラウドコンピューティングのみを利用する場合と、エッジコンピューティングを組み合わせて利用する場合では、どちらにもメリットとデメリットになる部分があります。状況や環境に応じて、場面に合わせた選定が効率的といえます。次のような場面では、それぞれの使い分けが有効です。
クラウドコンピューティングに適した利用場面
バックオフィスでの業務は、作業効率化や省力化、コスト削減などが求められますが、ミリ秒単位のスピードは要求されないのが一般的です。例えば、営業を支援する事務作業の場合、業務全体の進捗は重要ですが、ひとつの作業に関してミリ秒単位のリアルタイム性はあまり重視されません。このような場合には、クラウドコンピューティングを選択したほうがコストを下げられるでしょう。また、バックオフィス業務では蓄積されたデータを分析することで、需要予測の精度を高めることが重要な場合も多く、大量のデータを保管できるクラウドコンピューティングが実用的といえます。
エッジコンピューティングに適した利用場面
生産現場では、機械の高度化や製造サイクルの短縮などにより、ミリ秒単位でのデータ処理が要求されるようになっています。ミリ秒単位での処理が求められる場合には、遅延の影響が大きくなります。クラウドコンピューティングは遅延をなくすことが非常に難しく、処理のスピードやリアルタイム性といった点において要求した水準に達しないことが考えられます。
こういった緻密なリアルタイム性が求められる場面では、エッジコンピューティングが適しています。要求スピードを満たすことにより、生産ラインの自動化や製造サイクル向上が可能になり、高速なデータ処理によるIoT活用を合わせることで、コストメリットが得られます。
また、エッジコンピューティングによって外部と通信を行うデータと、内部で処理するデータを分けることが可能です。これにより、機密データを扱う場合にも内部のみで処理することで安全性を高められます。こういった機密データを含む場合の処理についても、エッジコンピューティングの利用が適しています。
エッジコンピューティングの今後の動向
エッジコンピューティングとクラウドコンピューティングは、対比の技術として比較されることも少なくありません。しかし、エッジコンピューティングはエッジ側とクラウド側のどちらで処理を行うかを振り分ける技術です。そのため、クラウドコンピューティングのメリットもエッジコンピューティングのメリットとすることができます。
データのリアルタイム性がより重視されるようになっていくなかで、エッジコンピューティングの重要性も高まっていくと予想されます。エッジコンピューティングの重要性が高まる理由として、次のような点が考えられます。
IoT・AI・5Gとの関連性
IoTは、すでにさまざまな分野で前提ともいえるほど普及しています。その一方で、多くの機器が大量のデータを送受信することで、ネットワーク経路やクラウドサーバーへの負荷も高まっています。
例えば、自動運転技術のようにわずかな遅延が大きなリスクへとつながる分野では、データ処理のリアルタイム性が非常に重要です。また、AI(人工知能)の実用化にともない、「人が判断する」という作業工程を省けることも増えています。AIによる高速処理が可能になるなかで、その高速性を維持することも課題となります。これらのデータ処理のリアルタイム性や高速性を確保するうえでも、エッジコンピューティングは重要な技術です。
さらに、5Gの実現によって高速・大容量・低遅延な通信が可能になっています。しかし、通信のスピードが向上しても、データ処理の遅延があれば、5Gの特徴を生かしきることはできません。5Gとエッジコンピューティングの組み合わせによって、さらに遅延の少ない処理が可能になると考えられます。5Gによる通信速度の向上を生かすという点においても、エッジコンピューティングは注目されています。
Society 5.0の推進
Society 5.0は、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会までをSociety 1.0~Society 4.0とし、これらに続く第5の新たな社会として提唱されたものです。内閣府の政策としても打ち出され、これから目指していくべき社会モデルを表しています。
Society 5.0は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)とを融合して活用する社会とされています。サイバー空間とフィジカル空間の融合により、IoTですべての人とモノがつながることを可能にし、知識や情報が共有されます。これにより、今までにない新たな価値を生み出し、経済発展と社会的課題の解決を両立することを目的としています。
Society 5.0実現のためには、IoTやロボット技術、AI、ビッグデータなどのあらゆるIT活用が必要です。これらの技術をより高次元で活用するためには、高速処理やリアルタイム性確保を可能にするエッジコンピューティングも重要です。
政府は、Society 5.0の先行的な実現の場としてスマートシティを推進しています。こういった人の暮らしに深くかかわる構想では、データのマネジメントがさらに重要になります。こうしたなか、データのリアルタイム性を確保し稼働継続性の向上、セキュリティリスクの低減を実現するエッジコンピューティングの重要性はさらに高まると予測されます。
データのリアルタイム性が重要になる時代に最適な選択を
今回は、クラウドコンピューティングと比較しながら、エッジコンピューティングの課題について紹介しました。現状では、特にコスト面がエッジコンピューティングの大きな課題といえますが、システム開発の手法の進化や、ハードウェアの低価格化によって、少しずつ改善していくことも期待されます。
本文でも述べたように、重要なのはシステムが導入される場所と目的です。やりたいことや期待することを明確にして最適な選択を行っていきたいものです。