デジタルトランスフォーメーション(DX)は日本の産業にとって急務とされています。このデジタルトランスフォーメーションはなぜ必要なのでしょうか。その理由と、すでに取り組まれている事例をご紹介します。
デジタルトランスフォーメーションは日本の急務
「日本がこのまま変革を成し遂げられなければ世界に取り残され2025年から大きな経済損失が生まれる」
これは怪しい予言や不安をあおる記事ではなく、経済産業省による具体的な試算によりこれからの日本経済の動向をまとめたレポートで報告されていることです。ここで重要となるのが、デジタルトランスフォーメーションという言葉です。
経済産業省の発表した「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」において、日本企業の課題が報告されています。その課題とは、デジタルトランスフォーメーションが実現しなければ、2025年以降「2025年の崖」と名付けられた経済の落ち込みが訪れるというものです。
デジタルトランスフォーメーションは、企業の経済活動におけるデジタル化への変革のことです。DXと略され、変革に向けた一連の取り組みも含めて社会構造が変わるためのプロセス全体を指します。
デジタルトランスフォーメーションが必要な理由として、日本では多くの企業が前時代的なデジタル環境のまま取り残されている現状があります。ブラックボックス化したレガシーシステムを使い続け、そこからシステムの刷新を図れず抜け出せなくなっているのが原因と考えられています。
なぜ必要? DXを急ぐ理由とは
このように日本の多くの企業がレガシーシステムのブラックボックス化という沼から抜け出せずにいます。企業がそこから抜け出しデジタルトランスフォーメーション(DX)が実現しなければどういったことが起こるのでしょうか。
2025年の崖が迫っている
経済産業省のレポートでは、デジタルトランスフォーメーションが実現しない場合に起こる日本経済への影響を「2025年の崖」と呼んでいます。
データを活用しきれなければ市場変化に対応できず、ビジネスモデルの柔軟性や迅速性に欠ける状態に陥ってしまいます。また、システム維持費が肥大化しIT予算の9割を占め、さらに保守運用の人員不足によりトラブル発生リスクも高まります。
こういった技術的・人員的な負債とデジタル競争の敗北が重なり、2025年以降は1年ごとに最大12兆円の損失が生まれる可能性があり、この損失を指して2025年の崖と呼んでいるのです。
2025年の崖を克服するためにはデジタルトランスフォーメーションが不可欠であり、政府は各企業が経営戦略の優先課題として扱う必要があるとしています。
世界のDXはすでに進んでいる
富士通株式会社では、2019年に世界のデジタルトランスフォーメーションについて調査しその結果を公表しました。
この調査では、世界9カ国の業種・規模の異なる企業の意思決定者900名を対象に行われたものです。そのなかで、全体の87%はデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいる結果となっています。金融業・運輸業で特に高く、約半数の企業が成果を出していると回答。比較的低い結果となった卸売・小売業においても、実践中の企業は70%以上となり、世界のデジタルトランスフォーメーションは進んでいることがわかります。
また、IDCが調査した2020年以降のIT市場動向によると、世界経済の5割がデジタルトランスフォーメーションを達成した企業によるものに変わると予測しています。同時に、デジタルトランスフォーメーションとイノベーションによりデジタルアプリケーションの開発も活発化し、サービスの爆発的増加と競争激化が起こります。エッジコンピューティングやAIの活用も進み、エッジ上のアプリケーションが2019年から2023年の間に800%増加し、AI利用アプリケーションは2025年までに90%に達するとしています。
このように、2025年までの数年間で世界のデジタルトランスフォーメーションは急速に進み、ほぼ実現すると考えられています。そのなかで、日本はその波に取り残されてしまう可能性が懸念されているのです。
すでにDXを実現している先駆企業も
世界はすでにデジタルトランスフォーメーションに向けて動き出し、日本はそれに後れをとっていることを感じ焦り始めているのが現状です。そういった状況のなかでも、すでにデジタルトランスフォーメーションを実現した先駆的企業も存在します。
AIで数値化困難なデータを解析した医療のDX
医療業界のデジタルトランスフォーメーションを実現している企業があります。
精神科医療において、病状と病歴などの医療情報は数値化が難しいため、これまでは記入者ごとの表現によってカルテに記載されていました。ヘルスケア分野でのデジタルソリューションを手がけるこの企業は、こうしたデータを人工知能技術で言語解析し、データベース化に成功。これにより、400万人を超えるともいわれる精神疾患患者の症例検索や治療への反映ができ、的確でスムーズな治療が可能になると期待されています。
新たなICTでトラック輸送を最適化した物流のDX
運送業はデジタルトランスフォーメーションによって解消される課題が多く、人手不足対策としての効果も大きいと期待される分野です。
運送業でデジタルトランスフォーメーションに取り組み、輸送コストの算出に活用している例があります。輸送コストが最小になる輸送ルートやトラックの種類、積載貨物を自動算出し、最適化する仕組みです。このような複数条件の組み合わせによる最適化はこれまで難しいとされていましたが、量子コンピューティングに着想を得た新技術が活用されています。
無人の工事現場実現を目指す建設業のDX
デジタル化から遠いように思われがちな建設業においても、デジタルトランスフォーメーションを実現している企業があります。建機の製造や売買・輸送といった周辺環境に関するものではなく、建機そのものについてのデジタル化に成功した、まさにデジタルトランスフォーメーションと呼べるものです。
現場で実際に地面を掘削したり土砂を運搬したりするのは、「ICT建機」と呼ばれる自動操縦の建機です。運転席は有人であっても、あらかじめ3次元図面を取り込んだコンピューターによって工事を進めていきます。
従来こういった3次元図面は、光学測定機による測量によって作られていました。しかし、そこにもデジタルトランスフォーメーションの取り組みが進められています。ドローンによって撮影した写真を3次元化して図面を起こし、これをもとに施工シミュレーションが行われ、盛土量や切土量が計算されるようシステム化されているのです。
運送業と並んで人手不足の深刻化が問題視される建設業界の課題を解消する方法として、あるいは労働環境や安全面の強化という意味でも期待されています。
日本のデジタルトランスフォーメーションには現場力が欠かせない
デジタルトランスフォーメーションの概要と、関連する2025年の崖とはどういったものかを解説しながら、すでに始まっている事例についてもご紹介しました。
「2025年の崖」という言葉が表すように、日本のデジタルトランスフォーメーションは残りわずかな時間で実現されなければなりません。これは、日本が世界に取り残されないためにあらゆる産業に必要なことですが、現状では後れをとりそうになっています。
ただし、ここで改めて振り返っておきたいのが、日本の産業における「現場力」です。これは海外の企業とは異なる基盤として、日本の産業が伝統的に強みとしてきたもので、今後の競争力維持という視点でも見逃せないポイントといえます。急務となっているデジタルトランスフォーメーションについても、日本ならではの強みを生かせる方法を模索していくべきなのではないでしょうか。そうした意味で、データを現場側で処理するエッジコンピューティングは、現場力の最大化と非常に親和性の高いソリューションとして、これからの時代にぜひ注目しておきたいものだといえるのです。