製造業においてデジタルツインの運用が進み、大きな成果を上げている報告もあります。デジタルツインは製造業にどのような恩恵をもたらすのでしょうか。デジタルツインが製造業で特に注目される理由とメリット、製造業における活用事例などを紹介します。
デジタルツインの意味と応用分野
デジタルツインとはどういったものか、概要から見ていきましょう。
デジタルツインとは
デジタルツインは、現実世界にあるモノを仮想世界において再現したもので、デジタル上につくられた実物そっくりのモデルのことです。この「デジタル上の双子」を用いて、現実世界のモノや出来事をデジタル上で動かします。そこから得られたデータを分析して現実世界にフィードバックすることで、理想的に運営・管理することがデジタルツインの利用目的です。
デジタルツインについて詳しくは、「デジタルツインとは?仮想世界と現実世界の結びつきで生まれるメリットや事例を紹介」もご参照ください。
デジタルツインの活用分野
デジタルツインはさまざまな分野で活用が進んでいます。製造業や建設業、物流、インフラなどの業界で、工場や製品、都市計画や建設計画、店舗運営に活用するなど、活用範囲は多岐にわたります。デジタルツインの導入にはセンサーによるデータ収集が不可欠です。現在はセンサーの発達により、機械だけでなく、人の生体データも取得できるようになっています。また、画像処理技術と組み合わせることで、人の動きや行動パターンなどもデータ化が可能です。センサーの発達によってさまざまなデータをデジタルツインに反映できるようになったため、多くの分野でデジタルツインの導入が進んでいます。
デジタルツインが製造業で注目される理由
さまざまな分野で活用が進み、効果が期待されるデジタルツインですが、なかでも製造業での活用には大きな期待が寄せられています。デジタルツインは新しい概念ではなく、考え方は1960年代から存在しました。しかし、製造業でデジタルツインが大きな注目を浴びるようになったのは、IoTの実現と普及、そしてドイツ政府が提唱したインダストリー4.0という政策がきっかけです。これらの要因は、それぞれどのようにデジタルツインへとつながっていったのでしょうか。
IoTの実現と普及
かつての製造業における作業は、一部の機械動作のみデータ化が可能でしたが、大半の作業はデータ化されていませんでした。データをリアルタイムで収集するためのセンサーやネットワークが整っておらず、データの活用が不可能だったのです。この状況を大きく変えたのがIoTです。IoTが実現した環境では、あらゆるものにセンサーを取り付けてネットワークに接続し、リアルタイムのデータ収集が可能です。
IoTの普及により、従来は感覚や記録でしか扱っていなかったアクションや変化を、リアルタイムのデータとして可視化できるようになりました。これにより、デジタル上に現実世界の出来事を反映する準備が整ったのです。デジタルツインが実用レベルに達したのは、IoTの実現と普及が大きなきっかけであったといえます。
インダストリー4.0
インダストリー4.0は、2011年にドイツが提唱した産業政策です。蒸気機関の応用による大量生産化、石油や電力による機械化、ITの応用による自動化などが、第1次から第3次までの産業革命と位置づけられています。これらに続く第4次産業革命と表現したのがインダストリー4.0です。インダストリー4.0は、リアルタイムのデータ収集とその活用によって、モノ・ヒト・システムが相互に連携し、生産ラインが自律化した状態とされています。この大きな産業変革を実現するために、必要となる6つの技術が掲げられました。そのひとつに挙げられたのが、デジタルツインです。インダストリー4.0には世界が注目しました。それと同時に、デジタルツインも注目されることとなったのです。
製造業にIoTを取り入れるとき、工場内のあらゆるものがインターネットに接続し、リアルタイムのデータ収集が可能なスマートファクトリーの構想が芽生えました。スマートファクトリーからさらに一歩進んだデータ活用を具現化したのが、デジタルツインです。デジタルツインは、製造業での活用が中心として世界に知られるようになり、新たな工場運営のかたちとして期待されています。
製造業でデジタルツインを活用するメリット
デジタルツインは、製造業での活用を中心として注目されたこともあり、製造業とは高い親和性があります。どういった部分で、製造業とデジタルツインが深く結びつくのでしょうか。製造業でデジタルツインを活用するメリットを見ていきましょう。
データ解析による品質向上
仮想世界に存在する「デジタル上の双子」であるデジタルツインは、稼動させてエラーが発生しても現実世界での損失はありません。そのため、トライアンドエラーを容易に繰り返すことができます。また、工場内のあらゆるものから集められたデータは、トレーサビリティとしても活用が可能です。こういったデータ解析によって、エラー発生原因の特定と是正が可能になり、製品の品質向上につなげられます。
開発プロセスや試作期間の短縮とコスト削減
現実世界での開発は、既存の設備や人員で生産が可能か、期限内に納品できるかなど、複雑に関係しあう要素を考えて進める必要があります。また、生産計画の合間を見ながら試作をし、それを関係部署や取引先に送って確認し、再び試作、という手順を踏む必要があることもしばしばです。デジタルツインは、こういった現実世界に存在する制約を受けることなくテストが可能で、開発プロセスや試作期間を短縮できます。これにより、開発コストも削減できます。
予知保全による稼働状況改善
デジタルツインで集めたデータを解析することにより、設備や機器にトラブルが起きる予兆の検知、部品劣化の周期予測などが可能です。分析結果から、設備が故障する前にトラブルの予兆が出た時点で修理する、劣化が進んだ部品をトラブル発生前に交換するといった予知保全が可能です。また、故障してから修理といった緊急対応ではなく、時間的な余裕を持って保全作業ができるため、機械の停止回数を減らせます。これにより稼働状況が改善し、生産性も上がります。
遠隔操作が可能で技術力の平準化が可能
デジタルツインがあれば、現地にいなくても状況を把握でき、遠隔からの操作やトラブル対処が可能になります。高いスキルを持つエンジニアがデジタルツインを確認しながら、離れた場所から対処法の指示やアドバイスをすることで、トラブル発生時に早期復旧できます。また、遠隔地からデジタルツインを活用しての教育や訓練も可能です。こういった活用によって、拠点ごとに高いスキルを持った人員を配置しなくてもよくなり、情報の共有や教育による技術力の平準化も実現します。
製造業でのデジタルツイン活用事例
製造業では、多くの企業でデジタルツインの導入が進んでいます。その事例をいくつか紹介します。
デジタルツインから未来を予見して最適解を得る
株式会社日立製作所では、現実の生産現場からあらゆるデータを取得し、デジタルツインとしてモデル化し、トレースバックやシミュレーションに活用しています。原材料のロットや使用した部品、製品の動きなどが正確に追跡できるため、万が一不具合が発生した際にも、迅速で適切なリコール体制をとることができます。これにより、大規模リコールへの発展を防ぐ仕組みが整っています。また、生産ラインでのデータをデジタルツインに集約、一元管理することで、製品管理や品質評価も容易です。正確に再現されたデジタルツインでは、データ解析から未来を予見し、最適解を導き出すために活用することも可能です。
デジタルツインで物理的に離れた生産現場の問題も解決
川崎重工業株式会社は、工場のデジタルツインを構築し、生産ラインや製造現場の管理に活用しています。生産設備の障害発生時に迅速な対応ができ、データ解析によって予知保全も可能です。また、複数の拠点で遠隔地から専門家のアドバイスを受けることができ、これまでのデータからトラブルの原因特定にたどり着く時間も短縮されています。過去や現在だけでなく、未来の稼働状況やトラブルの可能性までを見ることができるという点が、デジタルツインの強みのひとつです。
デジタルツインから1個単位のトレーサビリティを実現
サントリー食品インターナショナルでは、IoT環境を整えた工場でデジタルツインを構築し、製造管理をデジタルツインによって行っています。デジタルツイン上で異常の予測が可視化され、商品1個単位での不具合についても追跡でき、万全のトレーサビリティ体制が実現しています。
デジタルツインでプラントを管理しトラブル対処
旭化成株式会社では、水素製造プラントでデジタルツインを導入し、技術力を遠隔地へと分配できる体制を整えています。化学プラントでのプロセス制御は、異常発生時の対処をマニュアル化しにくく、ベテラン技術者による対応が必要なことが少なくありません。しかし、限られた人数のベテラン技術者ですべての設備を管理することは困難で、休みや出張によって不在となることもあります。 そこで、デジタルツインを活用することで、離れた場所からでも現場の状況を確認できるようにし、対処についての指示も行えるようにしました。今後は、海外プラントへの支援へも発展させていく考えです。
製造業で普及が進むデジタルツイン
製造業でのデジタルツイン活用が注目される理由や活用のメリット、すでに導入されている活用事例などを紹介しました。IoTの実現とインダストリー4.0によって世界から注目されるようになったデジタルツインは、製造業で急速に普及が進んでいます。デジタルツインを活用することによって、これまで現実の製造現場で行っていた試作やテスト、開発プロセスなどをデジタル上で行うことができ、リスクを低減して品質の向上が可能です。今後、製造業には不可欠な存在として、多くの工場が「デジタル上の双子」を持ち、効率的な運営の軸としていくかもしれません。
参考記事:
インダストリー4.0とは?日本の現状と課題、実現させるためのポイントを解説 | Stratus Blog