現在の製造業の課題にはどのようなものがあるでしょうか。現場の熟練技術者・技能者の不足などが挙げられますが、ほかにもさまざまなものがあります。ここではそれらの解決策のひとつとして、人工知能(AI)による製造業の課題解決について考えていきます。
現在の製造業が抱える課題とは
現在、製造業が抱える課題にはどんなものがあるでしょうか?主に以下のようなものが考えられます。
- 団塊の世代の大量退職による人手不足。特に現場の熟練技術者・技能者の不足
- 製品の品質向上とコスト削減の要求の激化
- 製品ライフサイクルの短期化
- 経営環境のグローバル化に伴う競争の激化
- 従業員の多様化・国際化
それぞれについて詳しく見ていきましょう。
現場の熟練技術者・技能者の不足
製品の設計や開発に必要なスキルは一朝一夕では身につきません。同様に検品、製造設備の操作や保守、製品の組み立てなどを安全・迅速かつ高い精度で行うスキルも一朝一夕では身につきません。しかし、これらのスキルを有している熟練技術者・技能者が大量退職の時期に入っており、人材不足が深刻になりつつあります。定年延長や再雇用制度なども制度として準備されつつありますが、これらの技術・技能を次の世代に継承していくことが重要な課題となっています。
製品品質の向上とコスト削減の要求の激化
この課題は製造業にとっての「永遠の課題」と言えるものです。小集団活動や原価低減活動など、昔からある活動のほとんどはこの課題を解決するために行われています。しかし、近年の経営環境の急激な変化でこの課題は解決するどころか、ハードルがますます上がっていると言えるでしょう。また、新製品を出せばそれなりに売れた時代ではすでになくなっており、製品の企画段階で消費者の購買行動をかなり高精度で分析・把握する必要があります。つまり、消費者のニーズに合致した製品を高品質・低コストで上市する、という究極的なモノづくりが求められるようになっているのです。
製品ライフサイクルの短期化
市場に対する製品の寿命をライフサイクルと言いますが、この期間が短くなっています。したがって、製品の生産についても投資の早期回収を目的として短期間で大量に製造しなければならず、製品や部品に要求されるリードタイムも短期化しています。このため、生産工程全体の最適化がほとんど必須になっていると言っていいでしょう。
経営環境のグローバル化に伴う競争の激化
現在の製造業では、海外生産が当たり前になっています。また、先進国ではモノが売れない時代になっており、製造業がターゲットとする市場も新興国を含め、これまで以上に多様な地域に広がっています。こうした事情から、各地域の市場ニーズに合った製品開発を行い、マーケティング活動も一層きめ細かく行うことが必要です。
その地域に合った製品企画がいかに重要かを示す一例を紹介しましょう。少し前のことですが、日本経済が「失われた20年」で苦しんでいたときに、液晶テレビの大手メーカーである2社がインドで激しいシェア争いを繰り広げていました。一方の企業の製品はより価格が安く、シェアも首位でした。そこで、もう一方の企業ではインドの消費者が好むテレビ画面の色を徹底的に調べ上げ、インドでは普通の赤色よりも鮮やかな赤色が好まれる傾向を発見したのです。幸い、同社の製品はソフトウェアのわずかな改修だけで画面のカラーバランスを変えることができたため、改修を行って新製品を市場に投入したところ、「ちょっと高いけれど、色がいいよね」という評判になり、1年後にはシェア首位を奪うことに成功しました。
色彩感覚というのは個々人で微妙に異なっており、さらに民族や地域によっても異なっています。例えば中国で「紅」と言えば朱色に近い色のことであり、ヨーロッパと日本では好まれる色温度が違うために人気のある照明の色彩が異なっています。液晶テレビやデジタルカメラなど、画像の質が問われるような製品企画では、これらのことを考慮する必要があります。
従業員の多様化・国際化
製造業のグローバル化に伴って、さまざまな国や民族の人々が同じ会社で働くようになっています。考え方や価値観、言語などが一様でないなかで生産活動を行わなくてはならないのです。このため、言葉や文化の壁を乗り越えた社員同士のコミュニケーションや、チームが一丸となれるような取り組みが求められます。
AIによる製造業の課題の解決
ここまでに見てきたような課題を広範に解決するものとして期待されている技術があります。それが、人工知能(AI)です。具体的にAIを用いることが、製造業にどのように生きてくるのか見ていきましょう。
人手不足とAI
熟練技術者・技能者の知見や判断をAIに移すことで解決することが考えられます。例えば、検品の学習作業では、さまざまな検査画面を熟練検査員に見せて、良・不良の判断をしてもらいます。そして、その結果を エッジ コンピューティングで構築したエッジAIにアップロードして、実際の製品検査を行います。学習作業だけであれば高齢の人が多い熟練技術者・技能者にもさほど負担がかからず、会社側も熟練技術者・技能者の知見や判断を残すことができるというメリットがあります。
製品品質の向上・コスト削減とAI
品質を向上させるためには、不良品を出さないのが大原則です。このため、検品作業とともに設備保全を充実させることが重要ですが、製造設備に自己チェック機能を持たせることで、故障の発見・予知を自動的に行うようにします。これによって人手をかけずにより少ない人数で設備保全を行うことができ、人件費も抑えることが可能です。この自己チェック機能をAIによって実現するのが予知保全という技術で、近年急速に進歩しています。さらに、エッジコンピューティングでこれらを実現すれば、リアルタイム性を持たせることもできます。
市場ライフサイクルの短期化とAI
市場のライフサイクルの短期化に対応するためには生産リードタイムを短くする必要があります。そして、生産は部品のリードタイムに左右されるため、部品の納期管理が重要です。ここでは、さまざまな部品の納期を全体として最短にすることが求められますが、これは「組み合わせの最適化問題」と言い、AIの得意分野とされています。
経営環境のグローバル化とAI
すでに述べたインド市場における液晶テレビの例では、ビッグデータ解析を使ったかどうかは不明ですが、現在では、途上国を含めたさまざまな国でのきめの細かいマーケティングを支援するものとして、AIを用いたビッグデータ解析があります。このAIを用いたビッグデータ解析により、マーケティング活動をよりスマートに行うことができます。
従業員の多様化・国際化とAI
音声認識や自動翻訳の技術にはAIが使われている場合があります。これにより、従業員間の相互理解の基本であるコミュニケーションの支援を行うことができます。
その他の分野でのAI
その他のAIの応用事例としては、医薬品探索にAIを利用したバイオ・インフォマティクスや、合金設計や材料探索にAIを利用したマテリアルズ・インフォマティクスなどがあります。さらに、タイヤの形状の最適化設計にAIを利用した例もあります。
AIは確実に製造業に浸透している
以上、製造業におけるAIの応用例を紹介しました。AIは非常に汎用性の高い技術です。そして、うまく適用できれば大きな効果を生むことができます。上記以外にも適用できる場面があるかもしれません。
製造業は製品の企画から開発、製造、販売まで多くのプロセスがあり、さらにそれぞれが複雑につながっているため、環境の変化に即応することは容易なことではありません。昨今の事業環境の急激な変化によって岐路に立たされていると言えるでしょう。ただし、すべてが一般に広く認知されているわけではありませんが、製造業にとっての光とも言えるAI活用は確実に進んでいるのです。