デジタルトランスフォーメーションつまりDXという用語は、スウェーデンの大学教授のエリック・ストルターマン氏が2004年の論文中で使用したのが最初と言われています。そこで提唱されたものは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる。」ということです。企業活動だけでなく、人間社会の広い範囲を視野に入れていたと思われます。そのような意味では、経済発展と社会的課題の解決を両立することを狙ったSociety 5.0に近い発想なのかと感じます。その後時間が経過し、IDC社やガートナー社などの調査会社が個別にDXを定義しています。
ここでは、あえて調査会社の定義ではなく、日本の経済産業省の定義を参照したいと思います。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」少し乱暴ですが、短縮してみますと「企業がデータとデジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデルで競争上の優位性を確立すること。」となります。経済産業省なので、企業主体に重きを置いた定義になっています。
40年ほどのIT業界での経験からすると、1990年代に話題になった、ビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)が思い出されます。MITのマイケル・ハマー教授とコンサルタントのジェイムズ・チャンピー氏による1993年刊行の『リエンジニアリング革命』の中で提唱されていたものです。BPRは企業のビジネスプロセスの改革に主眼がおかれていて、DXは企業のビジネスモデルの改革を視野に入れているという意味で差異はあるものの、最新のテクノロジーの活用を前提として改革するという意味では類似していると感じます。それでは、先行したBPRは日本では成功したのでしょうか。
当時の状況を思い出しますと、2 つのことが起きたと思います。1つは、業務パッケージソフトウェアの採用が広まったこと。特に、日本の大企業における海外製のパッケージソフトウェアの採用が顕著でした。それまでは、日本では基幹業務へのパッケージソフトウェアの採用は一般的ではなく、それぞれの企業毎に個別にシステム開発していましたので、大きな変化ではありました。しかし、必要以上に大きな範囲でカスタマイズしたり、周辺のシステムを大規模に開発したりすることにより、既存の基幹システムのブラックボックスに代わり、あらたなブラックボックスを作ってしまったケースも多くありました。
2つめには、BPRがコスト低減のツールとして利用されたことです。バブル後の経済状況を背景に、業務部門とIT部門のコスト削減が命題になるケースが多々見受けられました。実際には、BPRを標榜して業務パッケージを導入して全体最適化を狙うにしても、個々の業務処理においては仕立てた背広ではなくて既成の背広です。以前に比べてユーザーの処理工数が多く必要になるケースもあります。しかし、 最適化によりリソース削減が可能になったという前提で人員が減らされます。また、業務パッケージを導入したことによりIT部門の費用がパッケージの保守費用や、社外へのカスタマイズ部分の保守費用に向かい、社内のIT人材を確保する予算には必ずしもなりませんでした。
このように記述しますとネガティブなことばかり起きたようですが、実際には業務パッケージによりBPRを成功させて、古い基幹システムのブラックボックス状況を大きく解消したり、経営層がタイムリーに全社の管理データを参照したりできるような環境を実現した企業もあります。しかし、多くの企業でBPRが成功したとは言えないでしょう。
デジタルトランスフォーメーション(DX)が日本で進展する際に、このBPRでの経験は示唆に富むものです。まず、外部任せでプロジェクトを遂行しても成果が永続しないということです。実は諸外国と日本では、ベンダーとユーザー企業の関係性がかなり異なります。日本ではITエンジニアは圧倒的にベンダーやSI側に多く、ユーザー企業側のほうが少ないです。諸外国では、逆にITエンジニアはユーザー企業に所属する数の方が多いです。そのために、日本ではITプロジェクトを遂行したことによって習得されたノウハウは、ベンダーやSI側に多く残ることになります。彼らは別なユーザーにノウハウを横展開したり、同じユーザーからの追加プロジェクトを受注することが容易になるのです。
次に、既存のシステムとの関係です。既存の基幹システムを総て一度に置き換えてしまうことは出来ません。かならず、一定期間は既存のシステムとの連携やデータ共有が発生します。また、場合によっては既存のシステムやアナログな仕組みと併存することが必要なケースもあるでしょう。その際にユーザー部門や既存システム開発ベンダーとの調整が必要になります。経営層が強い意志を持ち、ブラックボックスを解消することと、デジタルトランスフォーメーションのインフラストラクチュアを構築することにおいて、主幹部門を支援する必要があります。
経済産業省は2025年の崖ということを言っています。つまり、2025年までにシステム刷新を集中的にしないと、グローバルなデジタル競争に後れをとり、2025年以降に多大な損失を被るという予測です。2025年には基幹システムの6割が21年以上経過していることになります。また、古いプログラミング言語を知るIT人材は供給不可になります。先端IT人材を含めて、IT人材の不足は43万人にまで拡大する見込みです。ずいぶん怖いような指標ばかりが共有されていますが、実際の経済産業省の発表した数字です。
日本ストラタステクノロジーは無停止型のインフラストラクチュアを提供するベンダーとして、特にエッジ領域でお客様のデジタルトランスフォーメーションを支援する製品を市場投入しています。是非、2025年の崖を乗り越えることの一助になればと考えます。